2022(令和4)年12月10日(土)掲載
まだ八代駅~人吉駅~吉松駅間がJR九州人吉事業部だった頃、元旦に御来光列車が走っていました。この御来光列車は人吉駅に直接申し込んだら乗れるという、一種のツアー用臨時列車の扱いでした。
乗車日は直前まで仕事でしたので、12月31日から仕事→元旦朝4時に仕事終了→そのまま高速道路で福岡から人吉まで移動→人吉駅には朝6時に到着という強行軍で乗りに行きました。
乗車日は2004(平成16)年1月1日(木)、運行ダイヤは記録を残していませんので、写真のデータを見て思い出しながら書いています。
人吉駅6:30発→大畑駅運転停車→矢岳駅通過(普段絶対停まるので驚いた記憶がある)→
日本三大車窓7:00前着/7:25発(ここで御来光を拝む)→
真幸駅運転停車(7:30頃)→吉松駅運転停車(閉塞の関係で吉松駅まで行って折り返す)→
真幸駅8:00頃着(観光タイム。吉松駅行始発列車と交換)→矢岳駅通過(また驚く)→
大畑駅8:45頃着(小一時間停車。駅では焚火、駅前(駅上)の宮地嶽神社では御神酒の振る舞いがあった)→人吉駅9:50着
こんな感じの行程でした。
人吉事業部は他にもトロッコ列車(編成はキハ+トロッコ+キハ)(臨時扱い)、観月列車(トロッコ列車を夜走らせ日本三大車窓でお月見をするという列車)(臨時扱い)、いさぶろう・しんぺい号(大畑・矢岳・真幸の各駅を5~10分程停車して、列車で三駅巡りが出来るという観光列車)(定期と臨時→のちに全便定期扱い)と試行錯誤して観光列車を走らせていました。
人吉駅に停車中の御来光列車。まだ夜も明けていない6:20。寒いので乗客は早々に車内に引き籠もる。編成は吉松側から キハ140-2040+キハ58-139。こちらはキハ140。
正月なので鏡餅。まるで乗客の様にちょこんと座る鏡餅。
今では珍しい手差しのサボ(=行き先表示とか号車表示とかに使う板)。団体扱いなので、人吉駅のきっぷ売り場で予約確認をしてから改札口を通って乗車。
こちらはキハ58。
日本三大車窓のビューポイントで初日の出を待つ。滞在時間は30分。御来光が見えたら皆さん窓を開けて一斉に写真撮影。なんと自分はその時寝てしまっていて、起こされてから慌てて撮りました。おかげで撮影時間が遅れてしまい、こんな感じに。
明るくなったので帰ります。7:25発車。
真幸駅7:30通過。この後一旦吉松駅へ向かい、再び真幸駅へ引返すとの事。時間が30分程あるので再び仮眠。(なので真幸駅に帰って来るまで写真は撮っていません。)
真幸駅で8:07に撮影。皆さん6:30から今までずっと車内だったせいか、ほとんどの人がホームに出ています。
駅前には数台車が来ていて見物人もちらほら。
ここで吉松駅行普通列車と交換。この写真だけでも御来光列車の人気がよく分かります。
まだ観光地化されていない真幸駅舎。懐かしい。
待合室の長椅子は、地元の有志が手造りして提供してくれたものです。B寝台とほぼ同じ180×52cmの大きさで作られているのは、駅寝する人の為なんだとか。
スイッチバックして大畑駅へ出発。
列車が去ると人っ子一人いません。
本日二度目の日本三大車窓。桜島は見えないのが普通です。
まるでいさぶろう・しんぺい号の様にループ上で停まってくれる御来光列車。乗った場所が悪かったのか、駅が見えません。
大畑駅8:45着。小一時間停車するので、真っ先に駅前の山の上にある宮地嶽神社へ初詣。皆同じ考えなので激混み状態。
神社では地元の方が御神酒、お菓子、漬物を無料で配ってくれました。(写真には右下端にちょこっとだけ写っています。)
この頃の宮地嶽神社は、12月31日の夜から地元の人がこたつやストーブを持ち込んで待機しながら、夜通しおもてなしをしてくれていました。
戻ってきました。
正月らしく駅名標にはしめ飾りが。
2004年元旦の待合室と大畑駅企画。こちら側には名刺は全くありませんでした。
改札口。ここもまだ名刺が侵食(?)していません。
駅事務所の窓硝子が割れたままですね。
まだまだ少ない名刺達。まだ窓枠がサッシのままですね。
Postが残っています。もちろん使われています。私もここから出した事があります。
駅横ではJRの職員さんが焚火をして乗客を待っていました。別の年の御来光列車では豚汁を配ったりしてました。カッポ酒の時もありましたね。
大畑駅で発車を待つ御来光列車。
そろそろ発車時間です。今年も良い年でありますように。